虚無を終わらせるのは自分次第|『終わった人』(内館牧子)を読んで
こんにちは、やまのてです。
今日は一日中家にいて、本を読んでいました。
読んでいたのは『終わった人』(内館牧子)。
63歳で定年退職したエリートサラリーマンが次の人生を見つけられず、最終的に…になるというお話。

- 終わった人 (講談社文庫)
- 講談社
- Digital Ebook Purchas
とにかく最近自分が感じている虚無感にとても近いものを感じている主人公に感情移入が止まりませんでした。
ずいぶん乱暴な結論だけど、虚無っているってのは、多分、必要とされたいということなんでしょうね。
しかも、必要とされるための努力はあんまりしたくなくて、なんかのはずみで必要とされたい、みたいな主人公の浅ましさがすごい身につまされました。
(え、これ俺?みたいな)
始める熱がない、っていうことなんでしょうかね?
きっかけがあって、場と後押しがあれば働けるのに、自分ではそうできないみたいな。
何かを始めても、やっぱりそれが誰かに必要とされているものでないと気が乗らない。
内発的動機が大切というけど、その内発的動機にきっと他者への貢献とか他者からの感謝みたいなものが絡んでいるのかもしれません。
そういうのを少しずつ成仏させていき、ソフトランディングさせる必要があるのだそうです。
本当は細かいこと言ってないでさっさと動いて恥かいて失敗すればいいんですよね。
主人公みたいな大失敗はそうそうないわけで、あんまりビビらずに飛び込んでみて、合えばやればいいし、合わなきゃやめればいいっていうくらいの軽い気持ちでいろんなことを体験すればいいのでしょう。
そのうち自分に合う環境が見つかったり、気づくと自分がその環境に適応したりするのでしょう。
それはわかっちゃいるけど、動けない。
それが虚無の始まりなのですね。
だからまぁ案外虚無を壊すのはわけないのかもしれない。
動き出して、それを続ければいいんだから。
ということは、あとは自分次第…というがこの本から突き付けられたことでした。
なかなか厳しい…!
*
「オジサン」にすでに片足を突っ込んでいる(?)自分には、主人公の娘の言葉の数々がぐさぐさ刺さりました。
定年退職が近い人だけでなく、ミッドクライシスに直面しているサラリーマンにも楽しめる作品ではないかと思います。